« 後金の建国、明との戦い | メイン | 建築物や自動車などの製品の機構に »

全軍での麦飯支給が決定した

戦地では、1904年5月頃から脚気が増えはじめ、気温の上昇とともに猛烈な勢いで増加した。このため、8月から軍の一部で麦飯を支給し[10]、翌年3月に全軍での麦飯支給が決定した。また国内で、脚気患者の大量発生と軍医不足という悲惨な状況が知られはじめると、陸軍衛生部さらに大本営の野戦衛生長官・小池(陸軍省医務局長)に対する批判が高まり、戦後も小池が辞任するまで『医海時報』に陸軍批判の投稿がつづいた。最終的に陸軍は約25万人の脚気患者を出し、うち約2万7,800人が病死したとされる。まさに脚気惨害である。ちなみに、日露戦争の戦死者は約4万7,000人。ただし、戦死者中にも脚気患者が多数いるものと推測される(日清戦争時と同様に史料により人数が異なる。なお、高木の提案を採用して兵員に麦飯を支給していた海軍では、軽症患者が少数発生したのみで死者なしと伝えられているが、上記のとおり後年、患者数が大幅に増加した)。

陸軍から多数の犠牲者が出たものの、日露戦争が終わると、世論の脚気問題への関心が急速に薄れてしまう。脚気問題を取り上げつづけた『医海時評』が孤軍奮闘する中(ときにはマッチポンプさえして陸海軍の対立をあおった)、1908年に脚気の原因究明を目的として臨時脚気病調査会が創設された。当時、陸軍大臣であった寺内正毅 の伝記によると、発案者は陸軍省医務局長に就任してまもない森林太郎(ただし、上記のとおり日清戦争当時、麦飯支給に強硬に反対した)で、寺内自身も熱心に活動したという。その臨時脚気病調査会は、文部省(学術研究を所管)と内務省(衛生問題を所管)から横槍が入ったものの、陸軍大臣の監督する国家機関として、当代一流の研究者が総動員され、多額の予算がつぎ込まれた。大規模な試験により、脚気ビタミン欠乏説が確定して廃止(1924年)されたが、多くの業績(個人の業績として公表されたものを含む)を挙げ、また、その後の脚気病研究会の母体となった。脚気研究の土台をつくり、ビタミン研究の基礎をきずいたと位置づけられている[11]。
ケア 税理士 結婚 リフレ 仏具 アロマ ショップ 資格 衣料 予備校 中国四国 美容整形 予約 審美歯科 弁護士 老人 開業 クレジット 美容整形 教材 成人病 アウトドア 専門学校 宿泊施設 セミナー 地域情報 ネイル 建売 しわ取り 信託 出会い 成人病 SOHO タロット 美容整形 老人 成人病 通信販売 プリスクール 家庭教師 家庭教師 産業 美容整形 老人 審美歯科 アルバイト 実益 成人病 生活雑貨 多汗症


なお、自身も脚気に苦しんでいた明治天皇が海軍や漢方医による食事療法を希望した際にドイツ系学派の侍医団から反対された事からやがて西洋医学そのものへの不信を抱いて一時期には侍医の診断を拒否するなどしたため、天皇の糖尿病が悪化した際に侍医団が有効な治療手段が取れなかったのではないかとも言われている[12][13]。

ビタミンB1が発見された後も、一般人にとっては代わらず難病として認定され続けた。その理由としては、ビタミンB1製造を天然物質からの抽出に頼っていたため値段が高かったこと、元々消化吸収率が良くない成分であるため、発病後に当該栄養分の摂取が困難であり発病後の治療が困難であったことが挙げられる。

脚気が完全に根絶されたのは1952年になってからで、この年に武田薬品工業が高吸収率を誇るビタミンB1誘導体の工業生産に成功して販売開始し、安価かつ発病後もほぼ確実にビタミンB1の摂取が可能になってからである。アリナミンの項も参照。ビタミンB1誘導体にはベンファチオミン、ジセチアミンなどもある。

しかし、1975年には脚気が再燃し[14][15]、原因には砂糖の多い飲食品や副食の少ないインスタント食品といったビタミンの少ないジャンクフードがあることが分かった[16]。

なお、明治時代から昭和初期にかけて「迷信的」と言われて絶滅寸前だった鍼灸医等の漢方医であったが、栄養起源説が定着する前に明治末期より西洋医学の栄養学の概念を取り入れて、麦飯の推奨や脚気治療に対して味噌汁に糠を投入する「糠療法」を提唱し民間療法として取り入られ始めた。これが効果を示したことで、一般民衆において漢方医の地位の維持に貢献したと言う側面がある

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.yfjjai.biz/blog/mt-tb.cgi/1137

About

2009年06月02日 08:39に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「後金の建国、明との戦い」です。

次の投稿は「建築物や自動車などの製品の機構に」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35